心理カウンセラー 長谷川由紀のブログ

米国ニューヨーク州公認の心理カウンセラーが心について解説します

カウンセラーの本棚2<米国経済学者が教える、育児における賢い選択術(新生児期〜幼児期編)>

前回の記事では産後育児中に不安に陥りやすい理由を睡眠不足の観点からお話ししました。今回は、不安になりやすい育児中に役立つ本をご紹介します。

 

今回ご紹介する本は、米国ブラウン大学の経済学教授エミリー・オスター氏が執筆した『育児のカンニングペーパー:統計的データに基づくより良い、より楽な育児(新生児期〜幼児期)』(拙訳、2019年)(”Cribsheet: a data-driven guide to better, more relaxed parenting, from birth to preschool”)です。本書は残念ながらまだ日本語訳されていないようですが、簡単にエッセンスをご紹介したいと思います。

 

育児、それも特に初めての育児は分からないことが多く、不安を感じることが多いと思います。そんなとき、私たちは医者、家族、友人、そしてインターネットを頼るものです。しかしアドバイスがあまりに多種多様であったり、かつ「これは絶対にやった方がいい(やらない方がいい)!」といった強い調子で押しつけられるようなかたちのアドバイスもあり、逆に混乱したり疲れてしまったり、といった経験はないでしょうか。二児の母である著者オスター氏もそうした経験をされたようです。

オスター氏は経済学者です。日頃からデータを分析し、費用対効果を割り出し、人々がそれによってどのような選択をするのかを研究しています。そこで、同じことを育児法に関しても応用することにしました。世の中には数々の育児神話が存在しますが、その根拠となる研究結果が統計的に本当に意味があるものなのかどうかを判断することにしたのです。

 

本書の中では育児に関するたくさんのトピックがカバーされています。産後入院中の母子同室、母乳育児、睡眠トレーニング(ネントレ)、動画視聴、歩行や話し始めの時期、しつけ等についてのさまざまな意見について、根拠となる研究がそもそもあるのか、そしてある場合には統計的に意味があるものなのか、赤ちゃんにとってどのようなメリット、デメリットがあるのかが非常に分かりやすく説明されています。

 

この中でも多くの親、特にお母さんが悩むのは母乳育児ではないでしょうか。これまで私のカウンセリングでも、母乳に関するストレスについて多くのご相談をいただきました。母乳が出ない、赤ちゃんがあまり飲んでくれない、手間がかかるのでやめたいけど罪悪感を感じる、母乳育児ができなかったので将来子供に悪影響があるか心配等、さまざまな悩みを耳にします。

 

母乳に関して悩みが多いのは、多くの方々が最良の方法で赤ちゃんを育てて、健康で幸せな人生を送ってほしいと願うためだと思います。そして母乳育児に関してはさまざまな情報が溢れており、たとえば、母乳で育てた子供はIQが高くなる、新生児突然死症候群(SIDS)・ぜんそく・小児癌・肺炎・糖尿病などが発生しにくくなる、またお母さんは産後うつになりにくくなる、産後の体重が落ちやすくなる、よく眠れる、といったメリットがある、などという情報が出てきます。しかしこれらの情報にデータ的根拠は本当にあるのでしょうか。

 

オスター氏によると、母乳育児をすると赤ちゃんの下痢と皮膚炎が減るというデータ的根拠が見つかったそうですが、長期的に子供の発育(たとえばIQや深刻な病気の発症)に影響をもたらすというデータは見つからなかったそうです。またお母さんへのメリットとしては、乳がんの発生リスクが20〜30%ほど低くなるという結果のみが見つかったそうです。

 

私は産後、友人の勧めでこの本を読み始め、頭の中がとても整理されたことを覚えています。産後の睡眠不足、疲労、お世話で忙しいとき、疑問があるとインターネットや身近な人の経験談に頼り、その根拠を探る余裕などありませんでした。また仮に時間があったとしても、ある研究が統計的に根拠があるか否かを判断できる人はそう多くないと思います。そうした中、オスター氏が理路整然と説明してくれたおかげで、さまざまな育児神話に振り回されなくなりました。

 

また、この本は育児について正解を教えるものではなく、自分にとって良い選択をするための知識と考え方を教えてくれるという点も気に入っています。我が子のためにいつも最良の育児ができればよいですが、現実は時間、体力、財力に限りがあります。赤ちゃんだけではなく、自分のこと、また他家族のことも考えて、バランスのよい、持続できる選択をする必要があります。そして、育児で何かを諦めなくてはならないとき、「◯◯は絶対にやった方がいい!」とインターネットでセンセーショナルに取り上げらているのを見ると不安や罪悪感を感じてしまいますが、「◯◯をした場合、✖️✖️のリスクが△%減らせる」といったデータを理解した上で諦めるという選択をするときは、私の場合にはとても納得感があり、自信を持って前に進むことができました。

 

 

そして本書では、研究手法やデータの欠陥を見抜くコツについても少しだけ紹介されています。育児に関してだけではなく、さまざまな情報の信憑性を考える上でもよい練習になると思います。

 

育児神話に惑わされて不安になっている方、また疲れてしまった方には是非読んでいただきたい良著です。

 

本書はこちらよりご購入いただけます。電子版でも出版されています。

 

※ 翻訳のご依頼はダイレクトメッセージにてお願いいたします。

 

長谷川由紀

 

☆おことわり☆

本ブログ内の記事は、精神科・心療内科等での治療を代替するものではありません。必要に応じて医師・心理カウンセラー等に直接ご相談ください。また本ブログの事例にて紹介されている人物や状況は、全て架空のものです。セッションを通して伺ったお話をブログにて公開することはありません。