心理カウンセラー 長谷川由紀のブログ

米国ニューヨーク州公認の心理カウンセラーが心について解説します

トラウマは現在進行形<フラッシュバックのメカニズム>

先週から数回にわたり、危機的状況に陥ると「闘争・逃避反応」(扁桃体ハイジャック)を起きることをご紹介しました。「危機的状態」といってもさまざまなものがありますが、強度によってはトラウマ(PTSD)として残る場合があります。今回はこれまでご説明した内容を交えながら、トラウマと記憶の関係をお話します。

 

トラウマ(PTSD)を抱える人は、フラッシュバックを経験されたことがあるかもしれません。フラッシュバックは、トラウマとなる危機的状況を思い出したときに、その状況が今再び起きているように感じられる現象です。

 

これまでフラッシュバックについてのご相談を数多く受けてきました。具体的にどのようなものかというと、たとえば、幼少期に体験した自動車事故について友人に話していたところ、体が突然震え始め、冷や汗が出て、嗚咽で話せなくなってしまう、といった状態です。たとえこの事故が10年以上前のことでも、フラッシュバックしている際には、事故に巻き込まれて体のコントロールが効かなくなる感覚や恐怖が鮮明によみがえり、まるで今また再体験しているように感じられるといいます。

 

なぜそうしたことが起きるのか、まだ全ては解明されていませんが、昨年(2023年)11月に、興味深い研究が『Nature Neursceince誌』で紹介されました。

 

この研究によると、トラウマの経験が記憶されるときとその他の経験が記憶されるときとでは、脳の中で使われる部位が異なるというのです。通常の記憶(たとえば日常生活の一場面など)は記憶されるときに海馬という、過去の記憶を司る部分が活動していると考えられています。

 

しかし、以前の記事『脳科学から理解しよう<闘争・逃避反応>』でもご紹介したように、危機的状態に陥ると脳の扁桃体という部分が活発になり、危機を切り抜ける上では重要度の低い海馬は活動が鈍るということが知られています。そのため、トラウマになるような危機を体験しているときは、通常のように海馬によって記憶することが難しくなります。では、トラウマの記憶は脳のどの部位を使って作られるのでしょうか。

 

上記の研究では、28人のトラウマ(PTSD)を抱える被験者にその記憶を思い出してもらうという実験を行いました。するとその際に、後帯状皮質という部分が活性化したといいます。この部位は、白昼夢や妄想といった、現在実際に置かれた環境から切り離されて、頭の中で繰り広げられる世界を生きているような感覚になるときに活性化する部分として知られています。

 

この結果から、トラウマの記憶は海馬によって保存されていないため、過去として脳内で整理されていないのではないか、と推測されました。そんため、白昼夢や妄想に浸っているときのように、まるでトラウマとなった出来事が現在進行形で起きている世界に生きているような錯覚、つまりフラッシュバックが起こるのではないかというのです。

 

以前からトラウマ(PTSD)の治療にはその出来事を話すことがよいとされてきましたが、そのメカニズムはよく分かっていませんでした。しかしこの研究により、トラウマを話すことによって、海馬を使って改めて記憶し直すことができ、それにより記憶がきちんと過去として脳内で整理されるため、フラッシュバックといった症状を克服できるようになるのではないか、と推測されるようになりました。

 

ここで一つ注意したい点があります。それはトラウマについて話すときは、無理をしない、ということです。心の準備ができていないにもかかわらず無理に話そうとすると、フラッシュバックが起きてトラウマを追体験してしまうことがあります。そのとき脳は「生命の危機的状態」と誤認してしまうため、扁桃体が活性化すると共に海馬の活動が弱まります。すると、海馬に記憶し直して、記憶を「過去」として整理する、という治療のプロセスが難しくなってしまうと考えられるのです。このため、ご自身のペースを守りながら、安心して話せる相手・場所を選んで行う必要があります。

 

 

☆心理のひとくちメモ☆

 

このように、以前から経験的・感覚的に良いとされてきた治療法のメカニズムが明らかになってくることは、カウンセラーにとってもクライアントさんにとっても大変よいことだと思います。私はクライアントさんの人生の大切なひとときに寄り添わせてもらう立場として、間違った治療を施したくない、現時点でもっとも有効な治療をしたい、という思いから、最新の心理学や脳科学の情報に多く触れるよう心がけています。そうした中で、上記のような研究を見つけると、これまでの治療法の有効性を確認できる安堵感と共に、今後有効性をさらに高める上で何ができるかを考えるヒントとなります。またクライアントさんが治療の効果を最大限に得る上で、カウンセラーや治療法に対する信頼感は非常に大切なものです。そうした意味でも、こうした研究内容が心理分野で働く人に限らず多くの方々にアクセスしやすくなることは重要だと感じています。

 

より多くの方々が心理学の知識を使ってより生きやすくなったらいいな、という想いを込めて、これからも発信し続けたいと思います。
 

 

長谷川由紀

 

☆おことわり☆

本ブログ内の記事は、精神科・心療内科等での治療を代替するものではありません。必要に応じて医師・心理カウンセラー等に直接ご相談ください。また本ブログの事例にて紹介されている人物や状況は、全て架空のものです。セッションを通して伺ったお話をブログにて公開することはありません。