心理カウンセラー 長谷川由紀のブログ

米国ニューヨーク州公認の心理カウンセラーが心について解説します

カウンセラーの本棚1<『生きるに値する人生を自分で作る:ある心理学者の自伝 (Building a Life Worth Living: a Memoir)』>

はじめに

 

アメリカと日本を取り巻くメンタルヘルス事情の違いの一つとして、私は心理関連の書籍の数に大きな差を感じます。米国では心理学者や資格を持ったカウンセラーが執筆した専門書および一般向けの読みやすい本が数多く出版されています。こうした本が手軽に入手できることで、メンタルヘルスが身近に感じられると共に、悩みを抱える人の支えにもなっているのではないかと思います。そこで、このブログ中では私が読んで面白いと感じた本を少しずつご紹介していきたいと思います。翻訳がされていない本を取り上げることもありますが、拙訳で一部をご紹介し解説を加える等、どなたにでも楽しんでいただける内容になるよう心がけていきます。

 

読書感想の第一回目となる今回、ご紹介する本のタイトルは『生きるに値する人生を自分で作る:ある心理学者の自伝 』(2020年)(拙訳、英題 ”Building a Life Worth Living: a Memoir” )です。こちらはアメリカで出版された本で、マーシャ・リーネハン(Marsha  Linehan, 1943年生まれ)という著名な心理学者によって書かれました。彼女はDBT(Dialectical Behavior Therapy、弁証法的行動療法)という、自殺行為常習者や境界性パーソナリティー障害の治療を目的とした手法を考案した学者として広く知られています。本書では、この手法が考案された経緯がリーネハンの苦悩に満ちた半生と共に紹介されています。

 

この本を読み、まず非常に驚いたのが、著名な心理学者リーネハンが自身の経験を赤裸々に紹介している点です。実はリーネハン自身が18歳から自殺行為を繰り返し、精神病棟に長年収容され、一時は病院内で「最も治療が難しい患者」と呼ばれるほどの状態だったのです。薬物治療やカウンセリングを受け、徐々に精神的に安定し、晴れて退院する日を迎えたとき、リーネハンは自身の経験を自殺行為を繰り返してしまう人々を救うために活用することを使命として感じるよになったといいます。

 

リーネハンの自殺行為は重度なもので、現在80代の彼女の体にもまだ複数の傷が残っているといいます。一時は拘束具を付けられるほどの患者だったリーネハンが治療を受けて回復し、心理学者としてのキャリアを築くだけなく、人生を豊にする人間関係を一から作っていく様子は、「人間はいくらでも、どこからでも変われるんだ」という大きな希望を私に与えてくれました。

 

本書の中で一番記憶に残ったのは、次の一節でした。

 

あなたはチューリップなら、バラになろうとするのをやめましょう。

(バラ園を出て)チューリップ畑を探しに行きなさい

(“If you are a tulip, don’t try to be a rose. Go find a tulip garden.”)

 

リーネハンは自殺行為常習者やその他生きづらさを感じている多くの人たちは、本来の自分を否定し、自分ではないものになろうとする葛藤に苦しんでいることを指摘し、このような一節を記しました。

 

私自身、本来の自分ではないものになろうとして苦悩した時期がありました。自分の個性や強みに目を向けるよりも、欠点ばかりに目を向け、苦手なものの克服ばかりに時間を費やしていたように記憶しています。当時の私に「バラにならなくていいんだよ」と伝えたら、きっととても驚くことでしょう。置かれた環境と合わなかったら合わせなければいけない、周囲の期待に応えるべく自分を変えなければいけない、と信じ切っていたためです。

 

家族や社会から求められる人物になる必要はなく、自分らしく生きていけばいい。置かれた場所が合わなければ、合う場所を探しにいけばいい。Go find a tulip garden。リーネハン自身も苦悩したことにより生み出された、とても優しく、勇気づけられる言葉だと私は感じました。もっと若かった頃の自分は、「そんなふうに生きたら、ダメな人間になってしまわないか?」と不安がりそうですが、私自身、自分の個性、強み弱みを認めて生きるようになってから、より人生が楽しく、そしてより社会の役にも立てるようになったような気がします。

自分自身を認めて生きる、という意味で、リーネハンは「何が自分をうつ状態にするか」を知ることの大切さも記しています。自殺行為はやめられるようになったリーネハンですが、時折うつの状態になることがあるといいます。そうした経験から、自分がどんなときにうつになるかを考えたところ、「一人暮らしをしているとき」にうつになりやすいことに気がつきました。リーネハンは結婚経験がなく、子供も持たなかったため、年齢を重ねるにつれて他者と暮らすことが難しくなっていきましたが、若い頃からお世話をしていたペルー人の成人女性を養子に迎え、その女性の夫を加えた三人で暮らしていることが紹介されています。

 

私は心理カウンセラーという仕事に従事していることもあるせいか、自分の気持ちが落ち込むとき、ついつい自分の内面を探り、落ち込みにつながる考え方感じ方を修正しようとしがちです。それ自体は決して悪いこととは思いませんが、どこかで「カウンセラーなのだからそうすべき」と肩肘張っていきていたような気がします。本書を読むことで、リーネハンのように自分の苦手な状態にする状況を回避する、というのもごく自然な、柔軟な対処法だと気づかされました。

 

心理学者として、時折うつになることを公表することは勇気のいることだと思います。またその他にも、母親との難しい関係や親しかった友人との決裂、宗教との向き合い方など、通常はオープンにしずらい内容も紹介されています。そうしたことも包み隠さず書き記してくれたリーネハンを、心理学者としてだけでなく人生の先輩として尊敬すると共に、感謝する気持ちになりました。

 

タイトル『生きるに値する人生を自分で作る:ある心理学者の自伝 』(拙訳、英題  ”Building a Life Worth Living”)が体現するように、本書は一時は自殺行為を繰り返していたリーネハンが、生きるに値する人生をゼロから築き上げた過程が、大胆かつ繊細な言葉で紹介された良著です。

 

本書はこちらよりご購入いただけます。電子版でも出版されています。

 

※ 翻訳のご依頼はダイレクトメッセージにてお願いいたします。

 

長谷川由紀

 

☆おことわり☆

本ブログ内の記事は、精神科・心療内科等での治療を代替するものではありません。必要に応じて医師・心理カウンセラー等に直接ご相談ください。

本ブログの事例にて紹介されている人物や状況は、全て架空のものです。セッションを通して伺ったお話をブログにて公開することはありません。