心理カウンセラー 長谷川由紀のブログ

米国ニューヨーク州公認の心理カウンセラーが心について解説します

“面倒くさい・後回しにしよう”の心理 2 <恐怖の根源を探るテクニック〜「大切な誰か」を例に考える>

「“面倒くさい・後回しにしよう”の心理1」では、不安や恐怖が原因となって面倒くさいと感じてしまうケースをご紹介しました。不安や恐怖が原因で後回しにしてしまう場合、まずそもそも何が不安なのか、何が怖いのか、を深く理解する必要があります。しかし、不安や恐怖の根源を覗き見ることは大変勇気のいることで、簡単なことではありません。そこで今回は、不安や恐怖の根底にある感情を探る方法をご紹介します。

 

再びBさん(30代・会社員・男性)の事例を使って考えてみましょう。

 

ビジネススクール留学へ向けて受験勉強に励もうとするBさん。しかし高校受験当時に感じた恐怖や絶望感と似た感覚が蘇り、なかなか勉強に身が入りません。そもそも高校受験当時のBさんは、なぜこれほどまでに強い絶望を感じたのでしょう、と尋ねると、「当時は最難関の○○高校に行くということしか頭になくて、それができなくなったら、おい先真っ暗という心境だったのでしょう」とBさん。

 

確かに、せっかく勉強したのに志望校から合格がもらえなかった場合、「がっかり」「悔しい」「悲しい」といった気持ちにはなるでしょう。しかし、たとえ不合格の場合でも実際には他の学校に進学する、という選択があり、まだ中学生だったBさんに「おい先真っ暗」とまで思わせた恐怖・絶望感は、この「がっかり」といった感情だけでは説明がつかないように思えます。一体、Bさんに「がっかり」を通り越して恐怖・絶望感を感じさせた要因は何だったのでしょうか。サイコセラピーの観点からすると、さらにもう一歩深い考察ができそうです。

 

もし○○高校に行けなかったら、お母さんはBさんにどんな態度をとるでしょう、と尋ねると「あなたにはがっかりしたとか、何やってもダメなやつだとか、言ってくるでしょうね」とBさんは答えました。自分のたった一人のお母さんから、そうした人格否定の言葉をぶつけられかねないと想像しながら勉強するのは、さぞかし辛かったでしょうね、と尋ねると、Bさんは「母は僕が小さい頃からそういう人なんです。人格否定には慣れているので、ことさら辛いと感じた記憶はありません」とお答えになりました。

 

Bさんがおっしゃる通り、大人になってすっかりご両親から自立している現在は、お母さんにどのようなキツイことを言われても、もうさほど気にならないかもしれません。しかし、子供の発達心理の観点からみたとき、どんなに大人びていても10代の子供はまだまだ親に心身共に頼っており、親の発言は子供にとって大きな影響を与えます。当時まだ中学生だったBさんにとって、「あなたにはがっかりした」「何をやってもダメな子だ」と人格否定されるのは大変辛いはずです。しかし、私達にとって、子供のときに抱いたであろう感情を大人になってから推測するのは容易なことではありません。そこで、子供のときの感情を想像しやすいように、Bさんが大変可愛がっている、お嬢さんCちゃん(9歳)を例に、次のような質問をしました。

 

仮に、お嬢さんのCちゃんが、『不合格だったらパパにがっかりされて、人格否定されてしまう』と思いながら勉強していたとします。そのときのCちゃんはどんな気持ちでいるか想像できますか?と尋ねると、Bさんの表情はにわかに悲しそうになり、「辛いでしょうね...ただでさえ勉強で大変なのに、不合格だったら僕に人格否定までされてしまうかもしれないという恐怖まで感じて...あの子には絶対そんな恐怖を感じてほしくないです」と涙ぐまれました。

 

Cちゃんを例にして想像することで、Bさんは親からがっかりされ、見放される感覚がどれほど子供にとって悲しく、恐ろしいものなのかを実感されたようでした。このことからBさんは、親から人格否定をされ、見放されてしまうという強い恐怖があったゆえに、当時の「不合格だったらおい先真っ暗」とまで思いつめていたことが分かりました。

 

Bさんの事例のように、子供の頃に自分自身が感じたであろう感情を大人になってから想像するのは容易ではありません。私達は自分の辛い経験を「別に大したことではなかった」「さほど傷ついていない」とついつい過小評価してしまうことがあります。

 

こうした心の癖から離れて、過去の経験をより客観的な視点で捉え直したいときに使えるのが、ご自身にとって「大切な誰か」が全く同じ経験を仮にしたとしたら、自分はどう感じるだろうかと想像してみることです。「大切な誰か」は、家族、友人、同僚、ペット等、どなたでも構いません。愛情や共感を容易に持てる存在を選ぶとよいでしょう。そしてその誰かが自分がした経験と全く同じ経験をしたとしたら、と想像し、そのシーンをまるで映画を観ているような感覚で脳裏に描いてみてください。そのときに、この映画のワンシーンを観客としてご覧になったときにご自身がどんな気持ちになるか、そしてこのシーンの中で「大切な誰か」はどんな気持ちになっているか、を想像してみてください。このように、自分自身の経験から一歩身を引いて第三者の視点から眺めることで、Bさんが経験したように、記憶の捉え方が大きく変わることがあるかもしれません。

 

ただし、過去の辛い記憶に関連する感情を再認識することは容易ではなく、また過去の感情を呼び起こすことで非常に辛い気持ちになり、危険を伴うこともあります。強い感情を想起しかねない過去やトラウマは一人で処理しようとせず、セラピスト等に相談することを推奨します。

 

今回の記事では、過去の経験を「大切な誰か」に置き換えて捉え直すことで、気が付いていなかった感情を探る方法についてご紹介いたしました。次回『“面倒くさい・後回しにしよう”の心理 3』では、過去の経験・感情を現状に結びつけ、後回しにしてしまう行動の裏に潜む感情をさらに考察してみましょう。

 

長谷川由紀

 

yukihasegawa.org

 

☆おことわり☆

本ブログ内の記事は、精神科・心療内科等での治療を代替するものではありません。必要に応じて医師・心理カウンセラー等に直接ご相談ください。