心理カウンセラー 長谷川由紀のブログ

米国ニューヨーク州公認の心理カウンセラーが心について解説します

“面倒くさい・後回しにしよう”の心理 4 <恐怖に向き合う>

前回までの3記事で、面倒くさいと感じて何かを後回しにしたとき、まずその感情に気が付くこと、そしてその背後にある恐怖・絶望感がどこから来るのかを知ること、そしてその感情がどのように現状に影響しているのかを知ることの大切さをお話ししました。今回はその次のステップ「恐怖に向き合う」を、再びBさん(30代・会社員・男性)の事例を用いながらご紹介します。

 

ビジネススクール受験に臨むBさんは、もしどの学校にも合格できなければ、最愛の妻、上司や同僚にがっかりされ、見放されるのではないか、という恐怖心を抱いていることに気が付きました。この恐怖・絶望感が無意識のうちにBさんを受験から逃げたいと感じさせ、面倒くさい、後回しにしようという反応として現れているということまで考察ができましたが、実際に「後回し」を克服するにはどうすればよいでしょうか。それには恐怖から顔をそむけるのではなく、ぐっとこらえて恐怖と向き合う必要があります。ここで使えるテクニックが、「ワーストケースシナリオ(最悪のシナリオ)を想像する」というものです。ワーストケースシナリオは考えるのも恐ろしく、多くの人が目をそむけたくなる傾向にあります。実践でどのようにこのテクニックを使うのか、ご説明いたします。

 

Bさんは恐怖の根源がどこから来るのかを理解できたものの、まだ「受験に失敗したらおい先真っ暗だ」という漠然とした恐怖を払拭することができず、ついつい受験勉強を後回しにしてしまう状況が続きました。そこで、ちょっと辛いかもしれませんが、Bさんにとって考え得る最悪の状況(ワーストケースシナリオ)を具体的に教えて下さいとお願いしました。するとBさんは、
「どのビジネススクールにも合格できなくて、上司や同僚から後ろ指をさされ、職場での肩身が狭くなって、まともな仕事がさせてもらえなくなる。そして家でも、妻から愛想尽かされ、離婚され、一人ぼっちになってしまう...そんな状況です」
と話してくださいました。

 

自分がどのような最悪の状況を想定しているかを把握したら、次に大切なのは「実際にその状況が起こる可能性がどれほどあるのかを考える」、そして、「実際に起きてしまったらどうするかを想像しておく」ことです。

 

実際に上司や同僚、奥様がBさんを見放す可能性はどれほどあると思いますか、と尋ねると、
「上司や同僚は別に何も言わないでしょう。妻も、受験に合格しなかったくらいで愛想を尽かしたり、ひいては離婚まで持ち出すことはまず考えられません。実際にこれらのことが起きるのは、そうですね...1%以下でしょう」
とお答えになりました。
次に、その1%以下の可能性が起きたとき、Bさんはどうなるかを事前に一緒に想像してみましょう、とご提案をしました。そしてBさんは、
「職場で嫌がらせ等をしてくる人がいたら、その人と直接話し合う・周りの人に助けを求める・割り切って付き合う等、対処する方法を考える。妻とは話し合いをし、難航するようであればカップルセラピー等も活用し、関係改善に努める。仮にこうした対処法がなかなかうまくいかなかったとしても、辛いけれどまあなんとかなるでしょう」とご想像されました。

 

ワーストケースシナリオが実際に起きてしまえば辛いことには変わりないでしょう。しかし、ワーストケースが起きたとしてもなんとかなりそうだとBさんはご想像されました。そしてそもそも、このワーストケースが起こる可能性はとても低そうなのです。

 

このように、ご自身の恐怖を手に取って虫眼鏡でじっくりと観察するような気持ちで見つめてみましょう。そうすることで、漠然とした不安が処理しやすくなります。Bさんの場合も、ワーストケースシナリオを突き詰めて考えることで、当初感じていた「受験に失敗したらおい先真っ暗だ」といった漠然とした絶望感は、「受験に失敗してもおい先真っ暗ではなく、なんとかなるだろう」という、冷静な考えに変わっていきました。

 

ワーストケースシナリオはしばしば、子供の頃に感じた恐怖心等をもとに形作られることがあります。その場合、当時子供であったがゆえに、その恐怖に対して論理的に考えて対処することができず、なす術がない絶望感を感じたかもしれません。その恐怖・絶望感がよみがえるため、大人になってからもワーストケースシナリオを想定するときはついつい漠然とした絶望感を感じてしまうことがあります。しかし、大人の論理的思考をもってじっくりと観察すると、多くの場合そのワーストケースシナリオが現実に起きてしまう可能性は低く、また起きてしまったときでも、ほとんどの場合には何かしらの方法で対処したり、耐えたりすることができるものです。

 

突き詰めて考えることを避けたときに残る不安感は、たとえていえば、「あの箱の中にとても恐ろしいものが入っているよ」と言われたものの、その中身を知らずに放置したまま箱のそばで日々を過ごしているような状況です。その箱を開けるのはとても怖いものでしょう。しかし、開けずにいると怖い想像はどんどん膨らみ、実際以上に恐ろしく感じられるものです。

 

 

ワーストケースシナリオに向き合うのは勇気のいることです。また恐怖心でいっぱいのときには、ワーストケースシナリオに対して現実的な対処法を考えたり、冷静に状況を想像することが難しいこともあるでしょう。一人で向き合うことが難しいときは、セラピスト等に相談してみるのもよいでしょう。

 

☆心理の英語メモ☆
今回度々使った「ワーストケースシナリオ(最悪のシナリオ)」という言葉は、英語の「the worst case scenario」をそのままカタカナにして用いました。セラピーのセッション中では、“Let’s think about your worst case scenario together(あなたのワーストケースシナリオを一緒に考えてみましょう)” といった具合に使います。

 

長谷川由紀

www.yukihasegawa.org

 

☆おことわり☆

本ブログ内の記事は、精神科・心療内科等での治療を代替するものではありません。必要に応じて医師・心理カウンセラー等に直接ご相談ください。