心理カウンセラー 長谷川由紀のブログ

米国ニューヨーク州公認の心理カウンセラーが心について解説します

脳の構造は変えられる?3 <脳と幸せ・幸福度の既定値とは>

脳の構造は変えられる?1』では、神経回路が強化されていく仕組みと、その具体例をご紹介しました。今回は、脳の構造をより深く理解するために、幸せ・不幸を感知すると脳はどのような反応をするのか、ということに加えて、「幸福度の既定値」という概念をご紹介します。

 

幸せを感じているときと不幸を感じているときでは、脳の異なる部位が活性化することが知られています。この発見は、ウィスコンシン大学の心理学・精神医学教授、リチャード・デイビッドソン博士(Richard Davidson, PhD.)の実験を通して世の中に広く知られるようになりました。

 

デイビッドソン博士の実験では、fMRI(脳の機能活動がどの部位で起きたかを画像化する装置)を用いて被験者たちの脳の活動が計測されました。その結果、不安・怒り・落ち込みといったネガティブな感情を感じている被験者の脳では、右前頭葉が活性化していることが判りました。逆に、幸せや喜びを感じている被験者の脳では、左前頭葉が活性化していました。さらに、一時的な感情に対する脳の反応だけではなく、右・左前頭葉の活動比率の基準値を測定することにより、その被験者が普段、恒常的に感じている幸福度を高い精度で予測することに成功しました。具体的には、右前頭葉の活動が左前頭葉に比べてより活発な被験者は不幸や鬱々とした気分を日常的に感じやすく、逆に、左前頭葉の活動が右前頭葉に比べてより活発な被験者は幸福や情熱といったポシティブな気分を日常的に感じやすいことが判ったのです。

 

この実験結果の分布を調べると、ごく少数の被験者は極度に右前頭葉の活動が活発で慢性的な重度のうつ病や不安障害を生涯に渡って抱えやすいことが判りました。逆に、ごく少数の被験者は極度に左前頭葉の動きが活発でほとんど落ち込むことがなく、たとえ落ち込んでもすぐに立ち直りやすいということが判りました。そして大半の被験者はこれらの中間に位置し、幸・不幸を同程度に感じやすいという結果が出ました。

 

デイビッドソン博士の研究結果は、1970年代後半から唱えられ始めた「セットポイント理論(英:Set Point Theoy)」と符号するものでした。セットポイントとは「既定値・設定値」を意味します。このセットポイント理論では、「人はそれぞれ『幸福度の既定値(Happiness Set Point)』を持っており、外的環境の変化や出来事で一時的に極度に幸福もしくは不幸を感じたとしても、結局は元の幸福レベルに戻る」といことが主張されています。この理論を構築する際に用いられた実験に、宝くじに当たって億万長者になった人々と交通事故により身体に障害を負った人々の幸福度を調べたものがあります。この実験によると、宝くじに当たった被験者たちは一時的に幸福を強く感じ、交通事故にあった被験者たちは不幸を強く感じましたが、約数ヶ月から2年程度のスパンで、どの被験者も元の幸福レベルに戻るという結果が出ました。

 

 

この幸福度の既定値は、主に遺伝的要素と育った環境等によって決定すると考えられており、変えることが難しいという考えが1990年代には主流でした。そのため、幸福の既定値が生まれつき低く、不幸を感じやすい人はどんなに良いことが起きても結局不幸…という悲観的・運命論的な見方が普及しました。しかし、2000年代に入ってからは、数十年に渡って被験者の幸福度を調査した研究等によって、「幸福度の既定値」及び「出来事をどのように認知するか」の両要素がおそらく半々程度の割合で幸福レベルに影響しているだろうと推測されるようになりました。つまり、幸福度の既定値が低い(不幸を慢性的に感じやすい)人でも、現状の認知の仕方を意識的に変えることで、幸福度の既定値を上げていくことができるのではないかと考えられているのです。

 

以上、2つの研究をご紹介しましたが、こうした研究を知らなくとも「立ち直りが早い人」「悩みやすい人」っといったように、身近な人々を観察するだけでも、幸福・不幸の恒常的な感じやすさを人それぞれ持っているように、経験的に感じられるのではないでしょうか。読者の皆様の中には、「自分は不幸を感じやすい…」と気を落とされている方もいるかもしれません。しかし、さまざまな研究結果は、幸福度は変えていくことができるということを示唆しているので諦めずに!次回は、幸福度の既定値を変えるにはどうすればよいか、そのヒントとなる研究をご紹介します。

 

 

☆ひとくち心理メモ☆
リチャード・デイビットソン教授(Richard Davidson, PhD.)
ウィスコンシン大学の心理学・精神医学教授。鬱や不安障害、感情障害を患う人々を対象とした、長期間に渡る研究で知られています。またメディテーション(瞑想)が精神的安定につながることを研究するため、チベット仏教徒の脳活動を計測したことで話題となりました。神経可塑性(ニューロプラスティシティ)の概念を普及させることに大いに貢献しました。
https://www.richardjdavidson.com/(デイビッドソン教授のHP)
 

 

長谷川由紀

www.yukihasegawa.org

 

☆おことわり☆

本ブログ内の記事は、精神科・心療内科等での治療を代替するものではありません。必要に応じて医師・心理カウンセラー等に直接ご相談ください。

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